ゼロ歳児をかかえ、二歳児を引き連れ、オムツがえが出来る場所を必死にさがしている私に、水でびしょびしょの床を指差したお掃除のおばちゃん。
こんなところで子供のオムツをかえることなんか出来ない、もう日本にかえる!と仁王立ち。
運転する車のすぐ脇には、ぶどうの房のように群がった家族全員が乗るバイク。
走行中の車やバスから、ごみをすてる大人に子供たち。
信号停止の車の窓から、箱いっぱい分ほどの書類の束が潮風にのって舞い散っていくのをみたときは、さすがにその根拠探しに眠れない夜をすごしてしまった。
ショッピングモールの公共トイレのお手洗いボールを、汚れたおむつを横へ置き、赤ちゃんのお尻洗いに使っている母親。
ジャイアントでキャッシャーの列をまつ私の前に、いかにも気づいていないように割り込んでくるおばちゃま、おねえちゃま。
方向指示器を使うと、あたかも割り込めないとでも思っているのか、何の予告もなく、忍者佐助ごとき、もしくは無法地帯かのように右から左から、猛スピードで車すれすれに斜線変更をしながらジグザグに追い越していくホンダにカンチル。
ベジタリアンの家族、友人の注文した「ベジタリアンヌードル」にはいってくるチキンに小エビ。お肉がはいっているけど、の問いかけに、チキンだから大丈夫とのごり押し。
女性だけでは、なかなか注文をとってもらえない地元食堂。
仕事に対しての執着心、責任感や共同連帯性がなかなかみえない部分。
支払いを受けるのは、どんなに悪い仕事内容であってもあたりまえではあるものの、
支払う際は、いろいろな個人的事情をもとに、なかなか支払ってくれない。
あ~、はたまた、ハリラヤで、過去のことはすべて忘れましょう、
と開き直れるおおらかさ。
あ~~~、一体、何度たたかい、一体いつからあきらめるようになってきたのか。
結局は、外国人としてすべてを受け入れるしかなく、
かといって、では、なぜ、こんなに長く住み込んでいるかというと、
よもや12年目のジョホールバル生活、いろいろな利便があったのも事実。
こんな不思議な魅力のあるジョホールバル、突如の開発による、まさかの近代化。
まさか、外箱だけが変わっていくわけではないだろうけど、
どんな風に変わっていくのか、外だけ変わって、人は変わらないのか。
ちょっと火事場の外から眺める気分になってきているこのごろ。
過去数年間の個人的な日記の中から、また、今の生活から、
マレーシア生活での日々のつぶやきをピックアップして、
「日々の暮らしから」 へまとめてみることにしました。
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